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アルバム売りさん

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さくぶん「ひとめぼれ」

    ひとめぼれ

小学3年生の冬、肺炎をこじらせたジュウシマツのピィちゃんの固く冷たくなった体に、寒さと悲しさに身を震わせて土をかぶせたのを最後に、ペットの存在など私の人生からなくなったものとばかり思っていた。
我が家に愛犬ホワイトがやってきたのは、この夏のおわりのこと。
友人宅の飼い犬に生まれた子犬達に、子ども達にせがまれ会いに行くことになった。飼わないことを子ども達には言ってきかせておいた。成長期の我が子。このうえ犬の餌代まで、我が家の経済状況が許すまい。犬の世話で家に縛り付けられるのはごめんだし、なにより小3で経験した、あの胸の痛みを繰り返したくはなかった。
友人宅では、生後2ヶ月の子犬達が、よちよち出迎えてくれた。5センチほどの短い足で不器用に歩き、座っている私の膝にピタリと寄り添ったかと思うと、足首あたりにあごを乗せてクウクウ眠ってしまう。遊ぼうよと誘うようにズボンの裾をひっぱる力は幼くて、頭をなでてやらずにはいられない。あたたかい体、まっすぐな瞳、やわらかな腹、どこをどう切り取っても愛くるしさに満ちていた。
「絶対飼わないよ。」
朝電車で繰り返したはずのそのセリフを、しかし帰路では言えなくなった。餌代?やりくりすればなんとかなる。世話?ドンとまかせなさい。おわかれ?そんなものを怖がっていたら、大切な出会いを逃してしまう。
 そうしてホワイトはやってきた。私の飼わない決意を一撃で打ち破ったその愛らしさを、今日も家じゅうにふりまいている。雄のミニチュアダックスのホワイトは、ゴールデンレトリバーに似た薄茶の艶やかな毛並みで、短い足と、その代わりに長い胴、それに大きな垂れた耳が特徴だ。ホワイトのもうひとつの特筆すべき特徴は、私が知っているどの犬よりも、際立ってハンサムだということだ。道で犬とすれ違うたび、「勝った」と心の中でガッツポーズをとってしまう。すっと通った鼻筋。グレーの透き通った瞳。体毛より微妙に色濃く長い睫。遠くを見つめる横顔は、どこか哲学者の風格がある。
そしてこの哲学者が一番愛しているのが、ご主人さまである私。彼は、私のことが三度のめしより好きなので、餌を食べている最中でも、私がそばを離れるとハッと気付いてついてきてしまう。私のことが他の誰より好きなので、夫の弾力がよく大きなおなかで眠っていても、私がそばに座ると目を覚ましてこちらに乗り換えてしまう。
おわかれの日はいつか必ず来るけれど、よちよち歩きにひとめぼれしたあの夏の日から永遠に、私達は相思相愛なのだ。





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